上機嫌の作法」(斎藤 孝)を読んだ。
新書。読みやすく薄いので一気に読めます。

上機嫌の作法

わたしはどちらかというと、もともと上機嫌なほうなので、読む必要はないかもと少し思っていた。だがテンションをあげたいのにできないときというのはあるし、自分以外の人の上機嫌を引き出すのはもっと難しい。
どこかのブログでレビューされていたのをきっかけに手にとってみた。

さて冒頭、わたしは反感を覚えた。
作者の斎藤孝さんは有名な人だが、ほぼ知らないので先入観はない。どんな顔や口調でしゃべっているのかも知らないし、周囲にどう思われているのかも知らない。

曰く、上機嫌は技である。
曰く、上機嫌で罵詈雑言を言うのが得意である。

えええ、罵詈雑言ですかー、と思った。
上機嫌だったとしても、ひどい言葉を吐いて良いことにはならないのではないか?

しかし読み進むと、その上機嫌は営業的な愛想笑いのようなものではなかった。
心から上機嫌になるためにいろんなメソッドが書いてある。ご本人は仕事のときは自動的に上機嫌になるようになっているようだ。それは技だが、偽りではない。
そして上機嫌な罵詈雑言というのも、自己防衛や格好つけではなく、相手に現実を受け入れてもらったり、良い方向に進んでもらうためであるのだ。「上機嫌」で「本当のこと」を言うと、「不機嫌」に言ったときとは違う反応が返ってくる。相手は現実を受け入れて前に進みやすくなる。

以前読んだ本で忘れられず、肝に銘じている一文がある。

誰かと接するとき、わたしたちはなんらかの影響を受けている。何も感じないということはまずない。気持ちが明るくなるか、暗くなるかのどちらかだ。
(「心のなかの幸福のバケツ」より)

これと同じことだ。上機嫌にはパワーがあるし、伝播する。

この本を読む人は、「本当にできる人は上機嫌だ」というような宣伝文句に期待して、「できる人」になるために手にとるのかもしれない。
わたしは読みながら、自分の様々なシチュエーションに当てはめてみて、「できる人」になるというよりは、「場の空気を前向きに変える推進力」としての上機嫌に注目していた。
背中を丸めたまま世界を変えられるのは芸術家だけだ。

本には、自分が上機嫌になる方法と、周りを上機嫌にする方法の両方が書いてあって満足である。例え話には古いものもあるし、参考にならないものも多い(わたしは特に芸能人のネタには興味がそそられない性質だからかもしれない)。だが本を読むときはその本のすべてに満足したいのではなく、そこからひとつかふたつの、決定的なものを学ぶことのほうが大切と思っているのでOKです。
2時間もせずに読み終わるくらいの軽さなのに、読み終わったらひとりでニコニコしている。

なかなか良い。
気分が落ちたときには読み返したい。

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