「あれをそれするいくつの方法」というようなタイトルのブログ記事や書籍に食傷気味なのはわたしだけだろうか。
タイトルに数字をいれると、読者をひきつけやすいと言われだして何年なのかな。けっこう長い気がする。

はてなブックマークを見ると、「なんとかする方法」「なんとかする理由」「いくつのなんとか」、などのタイトルが幅をきかせているのがわかる。
今も、はてなブックマークのホットエントリ1位は、「モチベーションは楽しさ創造から - なぜ、あの人には教えたくなるのか? 教わり上手な人の8つのTIPS」というタイトルである。

いやしかし、それでも一時期よりは減ったのかな。
執筆者も読者も、そういったテクニック的SMOに飽きてきたのだろうか。

「あれをそれするいくつの方法」と題してリスト形式で書かれた記事は、確かに読みやすいと思う。
拾い読みしやすいし、まとまっている感じがある。論理的に見えるのも良いのかもしれない。
たとえば便利サイトのリンクを一覧にしたり、難しいことを簡単に見せるために箇条書きにしたりといった、意味のあるリスト形式は素敵だと思う。

しかし、リスト形式では逆に伝わりにくい場合があることを、心に留めておいたほうがいいと思う。
リスト形式でまとめられた記事は、その見出しを広い読みして、ふーん、と思って終わることが少なくない。「ふーん、なんか、当たり前のことばかりだな」という印象を持ってしまう。
良いことが書かれていたとしても、それを簡潔にまとめた見出し的な一文は、ごく一般論的な文章になりやすい。
よっぽど興味がないと、詳しい内容部分は読まない。もったいないし、それでは執筆者の本当に伝えたいことが伝わらない。

たとえばこの記事の場合は、「『あれをそれするいくつの方法』では心を掴めない7つの理由」というタイトルをつけたとしよう。
記事の中身はこんなふう。

  • 理由その1 タイトルにそろそろ食傷気味
  • 理由その2 SMOのにおいがしすぎ
  • 理由その3 リスト形式の記事は拾い読みしかされない
  • 理由その4 ・・・・
  • ・・・

といった感じで、それぞれの理由をリスト化し、それにやや詳しい内容の段落を付ければOK。
記事を書く前にプロット出しをしてそれに軽く肉付けする、という行為だな、と今やっていて気付いた。型が決まっている分、書きやすいし、頭も整理される。キャッチーに見える。読者にしてみれば、自分の興味のあるとこだけ拾い読みできる。
でも、何か魅力が失われた。その人らしさというか。
これでは誰が書いてもそう変わらない気がしてくる。これらの箇条書きは並列でいいうのかという疑問も残る。
理由は7つあったとしても、伝えるために3つに絞ることも必要じゃないのとか。

思うのは、何かが伝わるのは、文章や理屈がストーリーや背景を持ったときだということだ。
それは、大勢の人の前で話をしたときにも痛感したし、日ごろ読書していても感じる。
何回かこのブログでも触れたかもしれないが、「正論」や「一般論」は耳を素通りするのだ(正論に萌える思春期もあったような気がするけど)。

読みにくくても、味のある文章が好きだー、という、これは個人的な嗜好なのだろうか。

ところで、「なんとかする方法まとめ」という、タイトルも人気だ。
CDのベスト版に対して受ける印象と同じで、便利だけど……という。

# 夜中にふと起きたので、ブログした。
# 朝だけどもう一回寝る。
# あっ。このくらいの長さの記事になる場合は、見出しを途中で入れたほうがいいと思う。と、自分にダメ出し。
# おやすみなさい。

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