って、いろんな場面で聞くけど、本当かな。
やって失敗すればいいのではないかとわたしは思う。
フォローしてくれる上司や仲間がいると安心だ。もしそうでなくても、一度転んでから起き上がればいいと思う。
クライアントさんを相手にはったり言って失敗することは良くないが、長い付き合いの人相手だったらば、状況を説明して一緒に挑戦してもらうのもいい。
難しいからって躊躇してると、一生できない。
とにかくやってみないと、どんな言葉も実感できない。実感の無い言葉だけでは何の意味もない。
学んで、一度挑戦し、うまくいかなかった理由を再度学ぶ、のが何を身につけるにも一番早いと思う。
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しかし上司的な立場でいうと、やっぱり大切な部下をあまり転ばせたくない感情にとらわれる。失敗を見守る度量の広さみたいなのが欲しいです。
6 comments
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11月 12th, 2007 at 09:59
GTA
つま先立ちくらいのレベルでまずトライしてみるのって
大事なことだと思いますね。
失敗は早めに経験しておかないと。
年を取ってからではなかなか立ち直れませんから(笑)。
失敗は自分の責任、成功は部下の成果。
そう言い切れる社長になりたいです……。
11月 12th, 2007 at 13:54
yuu
>って、いろんな場面で聞くけど、本当かな。
僕はあまり聞く場面には遭いませんが、それは本当でしょう。
そもそも「難しいから軽い気持ちではやらないほうがいい」という言い回しの場合、主旨は難しいの部分ではなくて、軽い気持ちで取り組むなということだろうと思われます。
軽い気持ちでの取り組みにおいて発生しうる失敗というのは、それが難しいものであるほどに大きな問題となり、取り組んだ本人以外への影響も大きいものでしょうし、対処も困難なのではと考えられます。
“しても良い失敗”というのは、きちんとリスクマネジメントされている前提の場面においてであって、軽い気持ちで取り組んで失敗して良いなんてことは、あってはならないことではないでしょうか? 誰も幸せにならない失敗は、回避すべき事項かと思います。
ちなみに僕は、失敗経験を通じて人材の育成をはかるという考え方です(『変革期のウェブ』とかいう新書の第5章でも述べています)。上記エントリーにある内容、概ね同意ではありますが、くだんの言い回しに対する疑問を発端として展開する内容なのかというと、ちょっと違和感があります。
11月 12th, 2007 at 14:06
yuu
あ、自分の書いたコメントのうち「誰も幸せにならない失敗は、回避すべき事項」この部分について一応補足しておきますと、当該エントリーの結論(?)が、
>しかし上司的な立場でいうと、やっぱり大切な部下をあまり転ばせたくない感情にとらわれる。失敗を見守る度量の広さみたいなのが欲しいです。
となっていたので、たとえば上司的な立場の人から見れば、その取り組みによるゴールとプロセスというものがある程度見えていて、かつきちんとリスク管理がされていればまあ失敗しないだろうということにおいて、まだ見えてない人がチャレンジする(できる)というそういう場があるのは良いことだが、そうでないのであれば(たとえば上司的な立場の人にも全うな解が見えていない等)、それは誰も幸せにならない失敗になりかねないのでそもそもやらないほうが良い(回避すべきである)、みたいな感じの意図です。
しかしながら、まだ誰も見たことがない境地を目指して、みんなで一丸となって取り組むというような場合、こういったケースだと、失敗はすごく大きな問題になるかもしれないし、ある意味では誰も幸せにならないかもしれないけど、経験そのものは後に生かされるはずでいつかは幸せになれるだろうから、チャレンジする価値はあると思います(もちろん、チャレンジしないという選択も含めて、慎重に判断を要するでしょうが)。
ただ、いずれにしても軽い気持ちで物事に取り組むのはイクナイです。
11月 12th, 2007 at 22:27
堀内
●GTAさん
どうもです!
失敗は、年を取ってからでは、やはり立ち直りにくく
なるものなのでしょうか。
いろいろ責任とかしがらみとか、プライドとか出てくるからかな。
ウーム。
昔は大丈夫だったことが、今は怖い。
そんなことは確かにたくさんある。
かもしれないが、怖くなくなったこともたくさんある。
(いやいや、わたしはもっと失敗を恐れるべきなのかもしれない)
ウーム。
●yuuさん
ありがとうございます。
なるほど。「軽い気持ち」はダメですね。
やらないほうがいいと言っている人たちはそれが主旨なのか。そうかもしれません。だとすれば同意できます。
「軽い気持ち」と言われると確かにすごく軽そうで、それで失敗しても糧にできなそうです。
とは言え、重い気持ち(リスクマネジメントも完璧で、すべて準備万端)になるまでGoできないのも、少し遅い感じがするのです。
軽いと重いの差が激しい。
真面目にというのが必須事項として、個人的には、ちょっとフライング、ちょっと前のめりくらいが、好きなのかもしれません(笑)。
保守的な人が多すぎ、難しく考えすぎ。もっと挑戦すればいいのにー、と思う場面がけっこうあるのです。
上司としては、失敗体験も成功体験もどっちも大事と思います。しかし失敗するのがわかってて見守るというのは、わたしには、まだハードルが高い。
今、わざとでなくやっているのは、わたし自身が失敗して、失敗から立ち直る姿を見せるというくらいでしょうか(笑)
11月 15th, 2007 at 11:18
yasi
まず、失敗の影響下に自分が居る際に、「やってみな」と言えるかは微妙。w
で。
人ごとの場合は、気持ちが軽かろうが、難しかろうが、「やってみる」のが良かろう、と。
やってみた後、難しかったとか、軽い気持ちすぎた、とか実感できるんだからね。
経験、経験。
ただ、何かをよく見る機会が無いまま「やっちゃう」のは不幸かもしれないな。
11月 21st, 2007 at 17:19
堀内
●yasiさん
どうもですー。
ひとごとの時は「やってみればいいよ」と言いにくいですよー。自分が責任とれるときのほうが、気が楽です!笑
yasiさんも、まじめに物事をとらえているベースでなら、経験したほうが良いと考えているんだなーと思いました。
(経験を糧にできない人たちのことは考えていない。わたしも同じく考えていないw)
30歳以上のWeb世代は、自分でいろいろ勝手に経験して生きてきた世代と思うのですが、そのあたり、忘れてしまったり知らなかったりする人たちがいるのかもしれない、と思ったり。