某社へのご提案の帰り、ランチをしながらヌーラボ橋本さんと話していたことと、考えてたことメモ。
まとまってません。悶々としたまま終わってます。
内容は人間のことや会社のことだ。

●わたしは研究者(学者)的ではない。
何かひとつのことを、深く深く研究し続けるタイプではない。ある程度のことがわかったら次のことを学びたいと思いはじめる。それらの総合としての知識を大切に思い、駆使したいと思う。

●橋本さんも研究者ではない。だが、会社は研究者的である。
はじめは、「そんなことないよ、僕は研究者だよ」と主張するもいくつかの指摘であっさりと屈した。橋本さんも研究者ではない。
だが、会社は最上を目指し追求する、新しいことを取り入れるのも早い、柔軟性も具現化能力もあるとても素敵なシステム開発者集団のように見受けられる(いわゆるギーク的な人たちとか)。

# 研究者タイプの人は、60歳になってもコードを面白く研究し続けるし、成果を出すし、人々(一般人ではないかもしれない)に尊敬される仕事をするだろう。
# その中でマネジメント的な仕事を誰がするか、マネージャーをどう育てるかという疑問が残るものの、今のところ橋本さんや取締役の方がそれらを行っているのだと思う。バランスがとれている会社で羨ましい。

# ここで、またわたしは自分の会社をどうしていくかと、悶々と考える。

●我々(31歳前後)が50歳になったとき、「システム開発」という仕事は存在するが「Webデザイン」は存在しない可能性が強い。

消えるわけではない。では、「Webデザイン」は、どうなっていくのか。
テーブルレイアウトが、CSSに変わった、という簡単に乗り換え可能な変化ではない。

細かく分かれる。似て非なるものに変化する。それらをまとめる何かが生まれる。
Webは総称になり、各デバイス(PC、携帯、PDA、家電、ディスプレイ、今はまだない何か)の力が拮抗してくる。
情報はまずデータとして送られ、各デバイス上でデザインを割り当てられる。

うちは何かひとつのデバイスに特化したデザイン会社になるのか。
アートよりのデザインでないのは確かだ。ではインターフェイスデザインなのか。エクスペリエンスデザインなのか。確かに誰かが使うシーンを脳裏に描くのは大好きだ。
しかしインターフェイスを研究者的に追求するかと言われるとどうなのだ。

では、たとえば各デバイスをまとめて、何か目的を達成するためのコンサルティング会社になるのか。
各デバイスでの使用を踏まえたデータ構造、コンテンツ。
エージェントとして振舞うのか? もっと重く背負うか?

ある日いきなり世界が変わるというわけではないから、徐々に対応していけば良いのだとは思う。だけど先のことをまったく考えずに今期と5ヵ年の会社の計画をたてることはできないではないかー。

# Webの未来を考えているのではなく、自分のやりたいことや、会社としてやりたいこと、向かう先を考えている。会社のこと、自分のこと、社員のこと。とにかく、もっと考えないと何も出てこない。
# うちが「Webデザイン会社」ではなく「Web制作会社」と名乗っているところに、何か自分の考えることに対するヒントがあるかもしれない。

●虚像と実像
ドーナツ化現象についても話す。面白かったけどここでは略。

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